これもまた良し

2か月ほど前から、毎朝ウォーキングをしている。20分~30分くらい、朝陽を浴びつつ、少し速足で歩く。「今日はちょっと面倒だな」という日も、陽が登ってくるのを見ると「やっぱり行こう」と思い直す。最初は「続くかな?」と思っていたが、習慣化できたようだ。

 

しかし、今朝は初めてウォーキングを休んだ。昨日から降っている雨のせいである。

雨はずいぶん久しぶり。ウォーキングの代わりに、湯舟にお湯を入れ、朝風呂に入る。窓の外で雨の音がする。それを聞きつつ、湯舟に浸かるのも悪くない。

ゆっくり温まってから、ヨガの教室へ。

帽子、手袋、マフラーの完全防備で出かける。ヨガの教室まで、だいたい15分くらい。着くころには、少し身体が温まっている。

 

今日のヨガは、最初に少し座学があった。先生の話を聞いていると、外から少し雨の音も聞こえる。落ち着く感じで、悪くない。先生とも「雨もいいですね」と話す。

ヨガで身体も気持ちもすっきりするころには、雨も上がった。

でも、心なしか肌も喉も潤うようで、悪くない。

 

今度は散歩がてら、たい焼きを買いに行く。うちから歩いて30分弱。ちょっとしたいい運動だ。お店の中は、ストーブで温かい。

焼き上がりまで時間がかかるので、ストーブのそばで、ほうじ茶をいただきながら待つ。雨の日は、静かにゆっくり待てる気がする。こんな時間も悪くない。

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出来たてのたい焼きを、早速ぱくっといただく。やけどしないよう、気を付けながら。

お腹の中が温かくなる。

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特に何ごともない、静かな日。こんな日も、また良し。

 

 

かりんに苦戦

昨年末。うちの前の道端に、ぽつんとかりんが落ちていた。なんとなく、甘いいい香りする。

近くにかりんの木があるわけでもなし、なんでこんなところにかりんが?と思っているうちに、数日過ぎた。

 

さて、そんな折スーパーでかりんを見つけた。6個入りで300円。結構安いような気がする。そういえば、かりんって買ったことないなあと思って、買ってみた。

その後の苦労も知らず・・・。

 

買ってから2日ほど、そのままキッチンに放っておいた。キッチンに甘い香りが漂うのが、楽しかったのだ。それと買ったものの、ちょっと面倒だったのもある。

でも、ずっとそのままってわけにもいかない。一緒についていた説明書には、かりんのはちみつ漬けの作り方が書かれていた。

早速、瓶を消毒し、かりんを切ろうとしたが、とっても固い。そして、なんだか手がべとべとする。半分に切るだけで一苦労だ。瓶に詰め、はちみつを注ぐ。できるまで半月くらいかかる。

 

まだかりんは余っている。ネットで調べると、かりんは生では食べられないとある。

あんなに甘いいい匂いがするのに・・・でも、あんなに固いなら食べられないだろうなあ・・・。

調べた結果、シロップとジャムを作ることに決定。というか、そのくらいしかレシピがなかったのだ。

 

まずはシロップ。薄く切り、皮を剥き、種と皮、実を煮出す。実に薬効成分があるのだそう。煮ていると、キッチン中に甘い香りが漂う。ある程度煮たら、皮と種、実を取り出し、キビ砂糖を入れて煮詰めていく。きれいなルビー色のシロップができた。

 

取り出した実は、別の鍋で煮詰めてジャムに。キビ砂糖と水を入れ、煮る。またキッチン中に甘い香りが漂う・・・のはいいのだが、実が固くてなかなか柔らかくならない。

年末、おせち料理の支度をしたい時期に、鍋とコンロがふさがってしまった。

こんな時期にやるんじゃなかったと少々後悔。本当はこういうのは、ストーブの上でのんびり煮るといいんだろうなあ。香りもいいし。でも、残念ながら、我が家にストーブはない。

 

それでもそのうち、実が柔らかくなってきた。ぐずぐずに煮崩れるまで火にかけたいところだが、いい加減にコンロを開けたい。最後は力業、マッシャーでつぶして、煮詰める。ようやくジャムも完成。

 

そうしてできたジャムを試食したが、苦みが残る。あんなに時間がかかったのになあ。そのまま食べるといまいちなので、紅茶に入れてみた。ほのかな酸味と甘い香りが紅茶に合う。

シロップはお湯で割ったり、紅茶やヨーグルトに入れたり。はちみつ漬けはもう少しかかる。こちらも楽しみだ。

 

またかりんが手に入ったら、どうしよう。もう、ジャムはいいかなあ。少なくとも、年末にはやめておこう。

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紅茶にかりんのジャムを添えて

 

あけましておめでとうございます

2021年元日。Stayhomeの静かなお正月を迎えた。

朝いつもの通り、ウォーキングに出かける。このひと月半ほどの習慣。

年が改まった特別な日ではあるけれど、昨日から明日へと続く1日でもある。

少し速足で歩いていると、他にもウォーキングしている人、ジョギングしている人、犬の散歩をしている人。

犬にとっては、大晦日も元旦も多分関係ないよなあと思う。いつもの通り、散歩しているだけだろう。

 

登ってくる朝陽を横目に歩く。陽に照らされた街路樹が輝いていて美しい。

少し長めの距離を歩いて、家に戻る。そのころには、身体がじんわりと温まってよい感じ。

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帰ったら、お雑煮の支度とおせちの盛り付け。

友人から貰った雑煮椀を出す。お正月だけに使っている、ちょっと特別な器。

 

ウォーキングをするいつもの朝。雑煮椀を出す特別な朝。

日常感と特別感、どちらも大事にして、この1年を過ごしていこう。

みなさんと私、それぞれの大事な人たちにとって良き年になりますように。

どうぞ今年もよろしくお願いします。

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めいさんのこと

今年も、おせち料理の支度が終わった。あとは、盛り付けるだけ。

大掃除はまあそれなり・・・だけど、大晦日にのんびりしつつ、すっきりと新年を迎えられるのは、いいものだ。

 

毎年おせちの支度をしていると、いつもめいさんのことを思い出す。

めいさんは、近所にあった小さくて居心地のよいご飯屋を営んでいた方だ。

基本メニューは日替わり定食。でも、それがとても美味しくて、飽きることがない。近くの小さなオフィスの人は、毎日お昼に来ているようだった。

ほとんど社食状態だ。

家庭料理のようでいて、でもどこか違う。家でも真似できそうで、でもやっぱり真似できない。ほっとするような、でもどこかはっとするような美味しさ。

それが、めいさんのご飯だった。

そして、そういうご飯をふくよかな笑顔で出してくれるめいさん。

私はめいさんのファンだった。

 

この街に住み始めた最初の冬。めいさんがおせち料理をやることになった。

早速申し込み、わくわくしながら当日を迎えた。

 

メニューはオーソドックスなものもあれば、めいさんオリジナル風のものもあった。

例えば昆布巻き。身欠きにしんを使った昆布巻きは「子供が食べないのよね」と言って、豚の薄切りを巻くのがめいさん流。作る方も楽だし、美味しい。

酢蓮の生ハムはさみ。蓮根を薄めた白ワインビネガーに漬けておく。

食べる時に生ハムを挟んで、粗挽き胡椒をふる。簡単で見た目も華やかだ。

炒り鶏はきぬさや以外、全部一緒の鍋で。でも下拵えはきちんと。

人参や干ししいたけは飾り切りに。飾り切りのやり方も教えてもらった。

 

最後は一人一人大皿に盛り付け。自分なりに上手くできたと思ったけれど、めいさんチェックが入る。めいさんの手が入ると、ちょっとのことで格段に見栄えが変わる。

その「ちょっとのこと」が難しいのだ。さすが、ずっとお店をやってきた方だ。

 

数年前、めいさんはお店を閉じた。お店の場所を若いご夫婦に譲り、しばらくは陶芸などをされていた。私も一枚だけ、めいさんの作品を持っている。

その後Blogも閉じられ、今はどうされているのか分からない。

もう一度めいさんのご飯が食べたいのだけど。

 

今でも、我が家のおせちには、何かしらめいさんのメニューが並ぶ。

今年は炒り鶏を作ってみた。

そして私は、今でも盛り付けが上手くできずにいる。

おすそ分け

先日、ヨガの先生に柚子をたくさんいただいた。

ご自宅に柚子の木があり、今年は大量に採れたのだそう。

あまりにたくさん採れたので、ご自宅の前に「ご自由にお持ちください」と置いておいたら、あっという間にはけたのだとか。

 

 

たくさんの柚子。どうしようかなあと思っていたら、先生は「柚子味噌を作りました」

他の生徒さんが「柚子味噌いいですねえ。大根と合わせたい」

いいねえ。美味しそう。

先生曰く「そういえば柚子のお礼にと、大根が返ってきました」

そういうの、なんだかいいなあ。

ほくほくしながら、ヨガの教室を後にした。

 

その日は午後から人と会う予定があったので、柚子をおすそ分け。

ちょうど冬至の前日だったので、柚子風呂にでも使ってもらえればと。

思いのほか喜んでもらえて、私も嬉しかった。

 

冬至の夜。我が家も柚子風呂に。残った柚子はお正月用にとっておいた。

寒い日が続いても。柚子の香りで少し暖かい気持ちになれる。

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クリスマスを待つ

クリスマスに特別な予定を入れるわけでもないが、この時期に街中がツリーやイルミネーションでキラキラしているのは悪くない。

12月に入り、我が家もごくささやかなクリスマスコーナーを作った。

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リビングの壁に、絵本とトムテという人形を飾ったもの。

基本的にアジアンテイストな我が家の中で、ここだけが北欧風だが、まあいいだろう。

 

もうひとつ。12月に入って、やったこと。

前もって買っておいた、アドベントカレンダーを開けた。

12月1日からクリスマスイブの24日まで、ひとつひとつ扉を開けていくもの。

そうして毎日扉を開けて、クリスマスを待つ。

チョコなどのお菓子が入っているものもあれば、ハンドクリームや香水のミニボトルが入っているものもあるそうだ。

 

毎日扉を開けると香水が入っているのも素敵だなと思ったが、調べたところ6万円!

さすがにお値段も素敵だ(汗)

現実的なところで、紅茶のアドベントカレンダーにした。

 

毎朝お湯を沸かし、紅茶を煎れる。

言葉にするほど優雅でもないが、今日はどんなお茶だろう?と箱を開けるのは楽しい。

クリスマスまで、こうして朝が始まる。

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言葉を編む

「博士と狂人」そして「マルモイ ことばあつめ」両方、今年観た映画だ。

前者の舞台は19世紀のイギリス、後者は日本占領下の韓国と、時代も場所も異なるものの、いずれも辞書作り、それに取り組む人々に纏わる物語だ。

 

これらの映画には、共通して「文字が読めない人」が出てくる。彼らは、それぞれの理由から辞書作成者たちと関わることになり、その中で文字を教わっていく。

「博士と狂人」では、自ら手紙を書くようになり、それがどんどん上達していく。「マルモイ ことばあつめ」では、街中の看板、居酒屋のメニューを、楽しげに読み上げていく。

彼らはとても生き生きしていて、どこか誇らしげだ。文字を覚えることにより、エンパワーメントされていく。映画とは言え、そんな彼らを見ていると、こちらも嬉しくなってくる。

 

私自身、日本語であれ、外国語であれ、新しい言葉を覚え、文字が読めるようになるのは楽しい。例えば、知らない花の名前を知ると、その花が身近になる。読めなかった文字が読めるようになると、途端にその意味が立ち上がってくる。

言葉を知る、文字を知るということは、世界の解像度を上げることなのだと思う。

もちろん、音楽家は音でそれを感じ、画家は色彩やフォルムでそれを感じるのかもしれない。

でも、やはり言葉や文字の力は大きいのだと思う。

 

上記二つの映画には、もう一つ共通項がある。辞書を作るのにあたり、ボランティアを募ることだ。各地のボランティアから、言葉の使用例などを集めるのだ。

各地から膨大なメモが送られてくる様は、壮観だった。

今の日本で、どういう方法で辞書を作るのかは知らない。

でも、もし、そういうボランティアを募ることがあれば、是非ともやってみたい。

密かに、そんな野望を持っている。

 

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